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zoom RSS 浅草岳でブナの新緑を楽しむ 2016/5/14日。

<<   作成日時 : 2016/05/15 17:36   >>

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浅草岳にはヒメサユリの頃に5度ほど、紅葉の頃に田子倉駅付近から1度と何度も登っていますが、入叶津からは一度も登ったことが無く、ブナの林の美しい所のようなので、新緑のブナとさらに残雪歩きも楽しんで来ようと、遠路行って来ました。

      60里スノーシエッド付近より今日の浅草岳
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     入叶津の登山口
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      雪椿咲く道
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登り始めの道にはキクザキイチゲ・ヤマエンゴサク・サンカヨウが咲き、小さなカタクリの花も咲いていて、豪雪の山にも春が来ていました。

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花の道を歩いていたら石の上にちょこんと、「落とし文」が2通ほど置いてあり、この山からのラブレターを戴いてしまいました。中にはどんな恋文が入っているのでしょうか??。

     オトシブミ
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1時間ちょっと歩いて「山神杉」に着きました。ここから沼ノ平方面に降りればブナ太郎・ブナ次郎の巨木に会えますが、今は崩落が激しく通行止めになっています。ここから浅草岳への尾根に取り付き、巨木のブナや楢・橡の木の林立する道で、溢れるばかりの緑の中の登山になって来ました。

      山神杉
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山神杉の少し下に「旧80里越跡」の標識がありました。

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越後と会津を結ぶただ一つの道がこの「八十里越」です。産業の無い雪国での少ない収入源は豊富な山の幸のワラビ・ゼンマイなどです、多くの村人がゼンマイやワラビを採りに入りその道が街道になりました。実際は八里の道ですが、一里が十里くらいのきつい道で「八十里越」と言われていました。

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この八十里越で忘れられない人がいます、司馬遼太郎の小説「峠」の主人公長岡藩家老 河合継之助です。京都所司代の長岡藩は戊辰戦争の際、同じく京都守護職の会津藩と幕府の主要な職に就いていました。継之助は時代は新政府軍にあると思って居ましたが、親藩・譜代大名と旧知の仲の会津を裏切る訳にもいかず。苦悩の末に中立を提唱して新政府軍に伝えました。

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継之助は軍備を整え、当時は日本に三門しかなかった、連発できるガトリング砲を二門も持っていました。残りの一門は新政府軍が持っていたようです。ガトリング砲は一門で1,000人の兵と戦うことが出来ると言われている、当時では最新式の大砲でした。その軍備力を背景にして新政府軍と交渉に入りました。

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新政府軍も長岡藩と戦になれば被害は大きいと判断して、小千谷の榎峠での交渉は長岡藩の提唱する中立はうまく行きそうな雰囲気でしたが、会津藩の陰謀か??中立が物別れになり、ついに交戦になってしまいました。

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長岡藩は良く戦い、一旦奪われた城を奪い返しましたが、その途中で継之助は足に銃弾を受けて負傷しました。それを機会に長岡藩は戦に敗れ、藩を捨てて会津へと敗走しました。タンカに乗せられてこの八十里越えを通った継之助は「八十里こし抜け武士の越す峠」と歌い只見の塩沢の村医宅で荼毘にふされました。明治の世に生きていたら、外国の人と良く付き合っていた彼は、日本のためにきっと良い政策を創ったにに違いありません。それこそラスト サムライのような偉人でした。

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もう一人この峠を長岡藩の兵たちと会津に向かった女性が居ます。私の住む高崎市の倉渕に小栗上野介が居ました。幕府の要人をしていて、浦賀のドックを作ったのが小栗です。交戦派の彼は既に大政奉還を思って居た徳川慶喜は彼をお役御免にして首にしました。新政府軍は彼が生きていれば不利と思い既に隠居していたにも拘らず切腹させました、それを予感していた小栗は身重の妻道子を長岡藩に逃し、道子は河合継之助らと一緒にこの峠を越えて会津へと落ちて行きました。

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最近出た小説に「官賊と幕臣」と言う原田伊織さんの本があります。そのキャッチコピーが「日本乗っ取りを企む米英と命を賭して渡り合う徳川の直参たち、その裏でテロ、暴虐の限りを尽くす薩長の賊徒たち、幕臣が居なければ我が国は、薩長の傀儡政権を大英帝国が支配する展開になっていた。と書いてあります。まさにその通りです、小栗は幕府の要人の時に、周囲の反対を押し切って浦賀に造船所を作りました、明治時代になり、その造船所で作った軍艦で当時世界一と言われたロシアのバルチック艦隊を破ったのです。

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その後道子さんは敗れた会津から旅芸人の中に紛れて東京に逃れ、小栗が面倒を見ていた三井の番頭さん宅に身を寄せました。日ロ戦争に勝った明治政府は後に敵であった小栗の娘さんを小栗のお蔭で戦いに勝てたと表彰しています。

     途中の尾根より只見方面(尖がり山は蒲生岳かなー??)
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     毛猛方面かなー???
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     残雪の道になって来ました
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今日は夏のような暑さのためか ブヨが団体で押し寄せて来ます、一応万全の対策はしてきました。ネットを頭からかぶり、キンカンの虫よけスプレーに、買ったばかりのハーブのスプレーと二つも持って来ていますが、写真を撮る時にレンズに纏わりつき写ってしまいます。

     ブヨと風景
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夏道から残雪の道になると標識類は無くテープ類も少なく、かなり迷う道になりました。今日はGPSは持ってきたのですが車の中に忘れて来てしまいました。帰りは迷いそうなので、赤テープを付けながら登りました。

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今日は往復13kの歩きです、登山者は私の前に犬を連れてピッケルを背負った若い人が登って行きましたが、どこにも見当たりません、山菜でも採っているのかなー ??。

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山頂直下の「天狗の庭」付近に着きました。今日はピッケルも持って来たのですが、雪が少ないようなので、やはり軽い方が良いと思い車に置いて来てしまいましたが・・・

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右を登れば行けそうですが藪漕ぎになります。時間も迫って来ましたので、ここで田子倉湖やおぼろな雲に隠されてあまり良く見えない会津方面の山々を眺め食事にして下山をしました。

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会津に落ちて行く長岡藩士
戊辰戦争で敗れた会津藩士
日本の真ん中に
新しい国を創ろうとした河合継之助
夫を切腹させられた道子さん
悔しかったでしょう!!
朝廷を守り、天皇を守っていたのに
何で逆賊なのか・・・
徳川家が無事なのに
家臣の会津や長岡藩が
どうして逆臣なのか・・・
西郷さん 教えて下さい・・・。

ブナの巨木は何も語りませんが
新緑の下を吹きぬける風が
そんな風に
私に物語っているような峠道でした。


     トラバースの道
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コメント(19件)

内 容 ニックネーム/日時
今回は雪深い只見の山でしたか!
自然が豊かなためか、山野草の咲きっぷりが違いますね!
物語を読みながらだったので、頂上直下までが何時もより遠かったですね!
ブナの林間のコースはいいですよね!
これからはブヨ等虫対策が必要ですね!
忘れかけていました!
宮星
2016/05/15 18:34
今週も花がいっぱい、新緑も綺麗ですね。
新潟の山は雪解けとともに、花が咲いて良いですよね。
インレッドさんは歴史も良くご存じで、勉強になります。
残雪の道は分かりにくいですよね。
先週は五頭山に行きましたが、やはりブヨ対策が必要ですね。

今週も春の花をインレッドさんのブログで拝見できて嬉しいです。
chiaki
2016/05/15 19:47
浅草岳を奥只見側から登るコースは、改めて地図を見たら色々ありますね。
この山も未だに登った事がありません。
(鬼が面は1度ありますが)

カメラに群がるブヨが凄いですね。
GWの守門岳を思い出しました。(^^ゞ
アサレン
2016/05/15 22:29
宮星さん、お早うございます。
この只見や桧枝岐方面は山また山で本当に良いところです。こんな田舎に永住して見たいくらいです。この山はヒメサユリが沢山咲く山です、ネズモチから登れば楽ですから6月末ころから7月始めの頃に登って見てください。
インレッド
2016/05/16 08:58
chiakiさん、お早うございます。
この辺りの山は花と残雪が楽しめて楽しい登山が出来ます。歴史は知らなくても良いのですが、知っていて歩くと更に山登りが楽しくなります。何でも良いですから興味のある本を、ぜひ沢山読んで下さい。
インレッド
2016/05/16 09:03
アサレンさん、お早うございます。
ヒメサユリの頃は以前は浅草で楽しみましたが、最近は私も鬼ヶ面が多くなりました。
今度は80里越の道を三条の下田村の吉ヶ平から歩いて見たいと思っていますが・・・。
インレッド
2016/05/16 09:10
東側から登るんですね。
花いっぱいで楽しいコース、と思いきや
長いですね。
ブナの森は呼吸をするたびに
身体中に元気の素が入ってくるような気がします。
ラブレターもいただいて良かったですね。(^^)
nousagi
2016/05/16 18:08
まだヒメサユリは見たことがありません。
その内行きたいと思っていますが遠いです。
nori
2016/05/16 20:35
確かそちらの道の駅に「小栗の里」があったと思うのですが、そのあたりに小栗さんは住んでいたのでしょうか。日本を救ったのは薩長だと思っていたのですが、そうではなかったようですね。
hana
2016/05/16 20:39
こんばんは。
ブナと残雪の素敵な写真を見ながら初めてしる歴史の話はいいですねー。
深い山奥から登るのですね、インレッドさんなので途中から尾根を東から登ったのでしょうね。
鬼が面のコースもまだ行ってないのでチャンスがあったら歩いてみたいです。
小栗上野介の事は名前とお墓しか知りませんでした、先日読んだ新田次郎の遺作「孤愁」に日露戦争の事があったのですが小栗上野介の事は書いてありませんでした。
小野子山のシロヤシオ、赤城のヤマツツジと満開を楽しみました。
夢創歩
2016/05/16 21:02
こんばんは。
お久しぶりです、素晴らしい画像の数々拝見致しました。

3526qを走行し旅から帰りました、志賀高原〜岩櫃城跡へ
やっと願いが叶いました。
たかちゃん
2016/05/16 21:29
お早うございます。
インレッドさまのフアンのお方たちへ・・と言いますのは
今富士山の「幻の渓流」が見えると思います、5/3「道の駅
すばしり」で確認できました。車で走行して5q登りましたが
走りませんので泣く泣く諦めました。(これには参りました)
確認して興味あられますお方はお出かけ下さいませ。

本当に申し訳ございませんお許しください。
たかちゃん
2016/05/17 06:15
nousagiさん、お早うございます。
そうですね、ちょっと長くて、登山口までも遠い山です、この只見や会津方面の山はブナが多く好きな山域なんです。
許可なく私の縄張りにまたまた侵入したようですね。
インレッド
2016/05/17 08:40
noriさん、お早うございます。
ヒメサユリはまだ見ていませんか、ササユリに似た花ですが、ピンクの色が可愛い花です。是非ここか隣の鬼ヶ面にでも見に来て下さい。
インレッド
2016/05/17 08:42
hanaさんお早うございます。
薩長は外国から援助してもらい武器や船を購入していましたから戦に勝てたのです。小栗や河合継之助は封建制の社会は崩壊するということも知っていましたが、徳川に忠誠だった為切られてしまいました。小栗の里の側に東善寺がありそこが墓所ですから、機会がありましたら立ち寄ってみて下さい。
インレッド
2016/05/17 08:48
夢創歩さん、お早うございます。
日露戦争のことならば司馬遼太郎の「坂の上の雲」を読んでください。この時期には小栗も道子さんも当然亡くなっていますが、娘さんが時の政府から表彰されたようです。
インレッド
2016/05/17 08:53
たかちゃん さん、お早うございます。
岩櫃にも行って来ましたか、峨々とした岩山だったと思います。
富士山麓の幻の渓流はテレビで見たことがあります。今頃見られるのですか。遠くからでも見られてラッキーだったですね。
インレッド
2016/05/17 08:57
こんばんは。
地図を開いて探しました。以前ご紹介されているとは思いますが、場所がなかなか特定できません。ああ、ありました。この辺りはよく分かりませんが、時代と伴に生きてきているんですね。花がたくさん咲いていて綺麗です。
カスミッシモ
2016/05/18 18:55
カスミッシモさん、今晩は。
この山は7月始めの頃にヒメサユリの沢山咲く山で有名です。多分あまり見た事の無い花だと思いますので。是非見に来てください。素晴らしいですよ。
インレッド
2016/05/19 21:08

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浅草岳でブナの新緑を楽しむ 2016/5/14日。 インレッド残照録/BIGLOBEウェブリブログ
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