インレッド残照録

アクセスカウンタ

zoom RSS 展望の山 福地山と野麦峠 2017/6/17日。

<<   作成日時 : 2017/06/18 16:01   >>

ナイス ブログ気持玉 30 / トラックバック 0 / コメント 22

梅雨の晴れ間の、安房峠を越えて福地山温泉の朝市場付近から、槍・穂・乗鞍の大展望の山、福地山に登り、ついでに念願だった、野麦峠をちょっと歩いて来ました。

     今日の槍〜穂高
画像


      これから登る福地山(山頂は画像の奥にあります)
画像


     登山口
画像


深い緑色になった針葉樹と広葉樹の中、エゾハルゼミの鳴き声を聞きながら登ります。

画像


画像


この辺りから撫然平を経て尾根に出るまでは、結構急な登りですが、良く整備されて歩き易く、ジグザグに切れた道を、数えて見たら31回もジグを切って登っていました。

      途中で見えた焼岳
画像


画像


    谷コースと尾根コースの分岐。尾根コースを登ります
画像


画像


          槍・穂・焼岳
画像


寒村の教育に熱心だった篠原撫然の石像のある撫然平に着きました。ここから尾根の登りになり、展望も木々の間から望めるようになりました。

         撫然平
画像


画像


撫然平を越えると第一・第二・第三・第四展望台があり、乗鞍展望台もあります。

      槍・北穂・奥穂・前穂・西穂と素晴らしい展望になりました
画像


     笠ヶ岳もちょこっと
画像


焼岳と隣に白谷山と、焼岳と同じく活火山のアカンダナ山も見えて来ました。このアカンダナ山は残雪の頃に登って見たいと思い、その機会を狙っていましたが、まだ未踏になっています。

     焼岳・白谷山・アカンダナ山〜安房山から乗鞍に続く山波
画像


     こんな道を歩きます
画像


画像


第3展望台より(今回は槍・穂の展望の山ですので、槍・穂の画像は多くなりますが お許し下さい)
     北穂・奥穂・西穂・前穂方面
画像


画像


   第4展望台より
画像


画像


     乗鞍展望台より 乗鞍方面
画像


登山口からゆっくりと歩き2時間ちょっとで一組の夫婦の方と3人組の男性が居る、福地山山頂に着きました。

     福地山山頂
画像


短い命を惜しむかのように降りしきる、エゾハルゼミの蝉時雨を背中で聞きながら、近くの槍穂を眺めコンビニ🍙とインスタントラーメンを食べ少し早い昼食にしました。

画像


   いつもは後ろ姿ばかりで失礼しておりますが、たまには前向きで・・。
画像


さて急ぎ下山して次の野麦峠に向かいます。

画像



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

野麦峠は昭和40年代に山本茂実さんの小説「あ々野麦峠」で一躍有名になりました。岡谷・諏訪の製糸工場で働く飛騨高山からの工女の物語です。実は私の仕事は高校を卒業してから就職した会社が、横浜に本社のある絹製品を輸出する会社でした、そのため野麦峠は大変感心をもっていました。新婚時代は松本に3年ほど駐在していて絹製品の仕入れも担当していましたが、その頃は仕事が忙しく山好きの私でも一度も山に行くことがありませんでした。

     今日の野麦峠より乗鞍岳方面
画像


かつては野麦峠は飛騨と信州を結ぶ重要な交通路でしたが、今はすっかり忘れ去られてしまった街道です。野麦とは野にある麦の事ではなく、笹の下にか細い稲穂のようなものあり飢饉の時にはそれを粉にしてダンゴにして食べたようです。あの民謡の会津磐梯山の歌詞に、  笹に黄金がなり下がる・・・もその笹の稲穂の事です。

  信州側の川浦地区から野麦峠の道
画像


明治初年の頃は、隣の清国まで今の中国のように大きな船団で日本に寄り、示威行為までしていて、他の国も日本を占領しようと目論んでいました、金のない日本の新政府は絹製品を諸外国に輸出して外貨を稼ぎ富国強兵の国造りをしました。当時の輸出の60%は絹製品だったそうです。

    野麦峠より信州への道
画像


飛騨高山だけでなく、当時の山村では現金収入は無く、口減らしのため飛騨高山方面からは多くの子女が野麦峠を越えて、岡谷・諏訪に糸引きとして働きに出ました。
「また今年もキカヤ(製糸工場)から持ってきた金でどうやら年が越せる・・」と親は嬉しがりましたが、働く工女たちには苦しい日々が続く労働でした。

     野麦峠の碑
画像


工女節には  ♪♪野麦峠はダテには越さぬ   一つァー 身のため親のため
              男軍人 女は工女 糸を引くのも国のため・・・

          ♪♪工場づとめは監獄づとめ 金のクサリがないばかり
              籠の鳥より監獄よりも きかい(製糸)づとめはなお辛い

夜逃げしたり、着物のたもとに石を入れて、諏訪湖に入水自殺する工女もたくさん居たようです。

画像


工女たちには仕事の具合により金額が決められ、上手で速い糸引き工女は「100円工女」としてかなりの大金を稼いだようです、当時では100円もあれば上等な家が2軒も建つと言われた金額です。そんな「100円工女」の中に 政井みねと言う工女がおりました。美人の みねでしたが腹膜炎で病気が重くなり「ミネビョウキスグヒキトレ」と言う工場からの電報が来て、兄の辰次郎が引き取りに行きました。誰も見送る人の無い裏門から背負子に乗せて、野麦峠へと歩き、その野麦峠に着いた時、「あ々飛騨が見える」と言って みねは息を引きとりました。

      みね と辰次郎の碑
画像


辰次郎・みね の実家は高山の更に奥にあります。岡谷からそこまでは途中で泊まらなければ帰れませんが、死人を泊めてくれる家も無く、辰次郎は 夜中中寝ないで歩き、やっと美女峠付近で気の毒に思った商家の人が台車を貸してくれたそうです。

    野麦峠にある みね の慰霊碑は下の野麦集落を望むところに建っていました
画像


工女たちは春の2月に飛騨高山に集められ、岡谷・諏訪の製糸工場の山一・山二・片倉などの各工場から派遣された検番に連れられ、50人100人と大集団で、美女峠で見送りの人と別れ、寺坂峠を越え、野麦峠へ向かいました。ワラジ履きの足は凍りつき血が滲み、雪の多い斜面では着物の紐をお互いに縛り合い。野麦峠のお助け小屋へと向かいました。

     今のお助け小屋
画像


12月になれば苦しかった仕事も終わり、みんな大金を持って親の喜ぶ姿を想像し、また苦しい雪の野麦峠へと向かいました。来ると時の2月のように、峠は凍りつきワラジ履きの工女の足の血で雪の道が赤く染まったと言われています。

     途中にある工女小屋の扇屋(川浦地区)
画像


峠とは「来し方と行く末を眺め、その無事を祈り 手を合わせて祈る所」手向け(たむけ)が峠であると大菩薩峠には以前には書いてありました。越後の子女が身売りされて通った三国峠、盲目の女性が目あきの人に連れられて肩に手を置き通った伏野峠、戊辰戦争で荒廃し村を焼かれ、会津の兵士が敗れて逃げた大峠。峠には今もその名残が昔を語って呉れています。工女たちの苦労があり、今の日本があるのは忘れてはならないと思う今日の山登りでした。(現在は車では野麦峠の途中までしか行くことが出来ません)

    峠の鏡池より乗鞍
画像



工女たちが通った尾根と思われる尾根は今は木が育ち笹は見えませんが、木の下には笹が密生していて、峠から眺めた工女たちは、信州にやっと着いたとここで一喜一憂した所かな

画像




テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 30
ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた 驚いた 驚いた
面白い 面白い

コメント(22件)

内 容 ニックネーム/日時
高校時代の初めての3000m級の山が乗鞍でした。
位ヶ原山荘から山頂、高天原(今は通れないらしい)を通っての野麦の民宿で一泊しました。
野麦峠は「あぁ 野麦峠」を詠み、映画もみてから峠を歩いたので、それはそれは灌漑深く。
インレッドさんの物語と写真を見ながらそんなことを思い出しました。
美しい写真の数々ありがとうございます。
本読みと山歩き
2017/06/18 19:54
乗鞍と焼岳は何度も登ったのですが、このあたりの低山はほとんど知りませんでした。歩きやすそうな道ですね。それでいて展望良しとこれは行ってみないとと思いました。
土曜日に角間山に行ってきました。レンゲツツジはインレッドさんのレポで見頃と思っていたのですが、まだまだ蕾が多かったです。
北アルプスがきれいに見えて良かったです。
さえ
2017/06/19 09:01
この日は本当に良い天気で、空気も乾いていて、気持ちの良い日でした、アルプスがどこからも良くみえました。野麦峠へは今は車で行けないんですか。
nori
2017/06/19 09:17
こんばんは。
野麦峠、天城峠も女工さんの話でしたか?糸くぐりは若い女の手がいいのでしょうかねー、富岡製糸も皆女工さんですね。武井みねの話は聞いた事があるようなですが映画も小説も見ていません。昔はみんな貧乏だったんでしょうね。
裏妙義に一緒した佐久の山友が神奈山へ行って来ました、期待通りシラネアオイロードを満喫できたと大喜びでした、有難うございました。
夢創歩
2017/06/19 18:14
まぁ本当!幾度となく見つめられていたんですね。(笑)
この日、自分が登っていた山の遠くからの姿を見せて頂けるなんて嬉しいです。
福地山は知らない山でしたが樹々の緑が綺麗ですし、なんといっても展望が素晴らしい!
また素敵な山を教えて頂きました。
土曜日はお天気が良くてこの季節にしては空気が澄んでいて最高の登山日和でしたね〜
mikko
2017/06/19 18:56
本読み さん、今晩は。
野麦峠は歩きましたか、山では無くこの峠を岐阜側から信州へと歩いても面白そうですね。実はこの福地山は 本読み さんには絶対にお勧めする山です。登山口で出会った地質学者のような方が、地質的には日本の山で一番面白い山 と言っていました。。家に帰って地図を見たら、化石の産地 と地図にも書いてありました。
インレッド
2017/06/19 19:37
さえ さん、今晩は。
湯ノ丸山に行って来ましたか、私が行った時に 満開になるにはあと10日くらいかかるかなーと思っていました。
この山は簡単に登れて大展望ですから是非登って見て下さい。
インレッド
2017/06/19 19:40
noriさん、今晩は。
野麦峠へは 峠の1000mくらい下で通行止めになっていましたので、そこから歩いて行きました。峠からは乗鞍の景色が素晴らしい所で、工女たちもきっとここで歓声をあげたと思います。
インレッド
2017/06/19 19:43
夢創歩さん、今晩は。
神奈山へは、その後たくさんの方が行ったようで、大勢の方に追っかけられたようです。その後青田南葉山などもかなりの人が行ったようです。
ここは展望が良いので機会がありましたら登って見て下さい。
インレッド
2017/06/19 19:47
mikkoさん、今晩は。
豆大福とパイケーキを食べたいなーと羨ましく眺めていました。私はコンビニオニギリとインスタントラーメンを一人わびしく食べていましたが、この景色でしたから結構おいしく大満足でした。
インレッド
2017/06/19 19:54
福地山、知りませんでした。
毎週、良い山を選ばれますね。
北アを眺めて静かな山を楽しめて、良い山ですね。
アカンダナ山も知りませんでした。
いつも参考になります。
私は土曜は仕事で、日曜に姫小百合を見に行ってきました。
chiaki
2017/06/19 20:13
インレッド様、スライドでしたね〜‼︎新緑も綺麗なんですね(^.^)
手頃な雪山、展望の山でここ毎年の恒例ですが、ここの静けさと大展望、なかなかですよね‼️
私はインレッドさんのレポでずっと気になっていたトマから茂倉、土樽歩きましたよ〜(ー ー;)疲れました。
るたん
2017/06/19 23:55
chiakiさん、お早うございます。
土曜日は仕事でしたか、空を眺めて泣いて居たかな??。
梅雨時にしては空気も乾いていて良い天気でした。アカンダナ山は旧道の安房峠への道を行き。途中から尾根にとりつけば比較的楽に登れるのですが道路が除雪して無いと、簡単には行くことが出来ません。展望は素晴らしい所で、山スキーの方が時々登っています。
インレッド
2017/06/20 09:05
るたん さん、お早うございます。
黒戸尾根や一ノ倉から茂倉を颯爽と歩く姿は結構格好良いですよ。花も結構たくさん咲いて居てアルプス見たいだったと思います。帰りは一駅電車でしたか。こんな山旅も想い出に残りますね。
インレッド
2017/06/20 09:08
画像が素晴らしくて、おまけに記事も内容の深い記事で小説を読んでいるようでした。インレッドさんのブログはやはり素晴らしく、読者が多いのも良く解ります。
hana
2017/06/20 09:11
hanaさん、今晩は。
そうですか、そんなふうに言われると、ブログをやっていて良かったと思います。たいしたブログではありませんが、これからも宜しくお願い致します。
インレッド
2017/06/20 19:10
今は美しい景色が広がっていますがこの物語を改めて写真と共に読ませていただきました。製糸工場で働く工女たちは本当に辛く大変だったと改めて思いました。
ミニミニ放送局
2017/06/21 10:29
こんにちは。
野麦峠は随分前走行致しました、ちょっとお話は知って
おりました。故郷で副業として蚕を飼っていましたから。
福地山展望も良くていいですね。

Poniesさんめっきり足腰が弱くなり山は無理のようですね。
山に登れなくなり寂しいで〜す。
インレッドさま素晴らしい素敵な山見せて下さいね♪
ブログ「ポニーズの車旅」ご覧戴きありがとうございます。
たかちゃん
2017/06/21 16:23
ミニミニ放送局さん、御無沙汰しております。
吹割りの滝はなかなか変わった滝で良いでしょう!!。
この ああ野麦峠 の作者はたくさんの元工女さんに聞き取りをして小説を書いたそうですが、飛騨からの工女はこの野麦峠から見られる乗鞍岳の感想が殆ど無いとの事でした、それはこの峠に着いて山を眺める余裕よりも、行きには信州に着いた、帰りには飛騨が見えたと言う印象のほうが強かったようです。
インレッド
2017/06/21 19:24
たかちゃん さん、今晩は。
poniesさんは、私と同じくらいの年齢のようですから、健康の為にもなるべく歩いた方が良いのではないでしょうか。山もいろいろありますから登れる山をゆっくりと歩いて下さい、歩くことは体に大変良いと思います。
インレッド
2017/06/21 19:28
<福地山>今回も素晴らしい山を紹介して頂き、ありがとうございます!
シルバー大やクラブにボランティアと、なかなか山歩き出来ない日が続いていますが、インレッドさんのおかげで、卒業後に行ってみたい山がたくさん見つかりました!
野麦峠・・・明治期に絹の輸出で財政を支えたとは聞いていましたが、その陰にはたくさんの女工さん達の大変なお仕事があったんですね!
私の実家の部屋には、天井の四隅に1尺ほどの障子があり、子供心に「どうして天井に障子が?」と訊いたら、『昔は蚕を飼っていたらしいよ』と聞かされました。
畳の床下にも掘りごたつのようなものがあり、我が家の御先祖も絹と無関係ではなかったんですね。
宮星
2017/06/26 14:03
宮星さん、今晩は。
栃木では蚕よりも昔はタバコの生産が大かったような気がします。我が家の実家あたりは、たばこの葉の出荷のころはかなり賑わっていました。桑の木はあまり見なかったような気がします。
インレッド
2017/06/26 20:03

コメントする help

ニックネーム
本 文
展望の山 福地山と野麦峠 2017/6/17日。 インレッド残照録/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる