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折角の3連休も天気が良い日は、15日だけの様子、遠くの山に遠征やらと、さんざん迷った挙句、近くの県境の山、白砂山に登ることにしました。 野反湖の奥に登山口はあります 吾妻の渓を登りて 白砂川の水清く 熟れ柿うつす字いく戸 小雨の里と誰がよびし ・・・ 我が山河 草津旅情の歌 より その小雨の里を越えて、青い青い湖の野反湖に着きます。 野反湖の端にある登山口から秋の空に向かって登り始め ました。 一箇所だけ沢を渡ります。 沢を渡り秋山郷の切明へ抜ける古からの峠、地蔵峠に 向かいます。この深山の峠は、昔から杣人や山菜取り・ すねに傷ある人の通る道でした。険しい道ですが良く 踏み固められた道で,それだけが往時を忍ばせていました。 地蔵峠 混合林の道には鱗雲が流れて、秋の気配を 感じました。 林道 堂岩山に着くと、輝く草原と青い空と少し紅葉の始 まった尾根歩きになりました。 堂岩山方面 草津の山々や志賀・赤城の山々を眺めながら 二つほどピークを越します。 尾根の先に白砂山 白砂山の直下 登って来た道 山頂に着いて直ぐに、その先の佐武流山に向かいました。 3つほどピークを越えて、佐武流山に着きますが、踏み跡は 殆ど無く、たまに赤テープがあるだけの、かなりの藪漕ぎに なり、笹と這松に足をとられ悪戦苦闘しながら何とか一つ目 のピークに着きましたが、背の高い藪漕ぎになり、ここで諦め 白砂山に帰ることにしました。 諦めたピークより佐武流山方面 白砂山に戻ると伊勢崎からと言う3人の若者達 が山頂に居りました。 この白砂山は平地からはあまり見えませんが 少し高い山に登ると、冬は真っ白い尖った山が 際立って目立ちます。隣の佐武流山とともに 200名山になっています。 山頂に居た若者達(画像は了解を得ています) 秋の始めの風景 秋の始めの風景 秋の始めの風景 秋の始めの風景 野反湖の手前にこんな立て札が建っています。幕末の徳川幕府の重臣。小栗上野介の夫人道子さんは身重の身ながら従臣たちと夜陰に紛れ、ここから地蔵峠を通り秘境秋山郷から長岡藩へと落ちて行きました。 小栗上野介は井伊大老の命により遣米使節としてアメリカに渡ったり、帰国後は外国奉行・勘定奉行など重要な職に着きました。しかし薩摩長州との鳥羽伏見の戦で幕府軍は破れ将軍の慶喜は、戦半ばで大阪より開洋丸に乗り、数人の妾婦たちと江戸に帰ってしまいました。江戸城で恭順か主戦かで論争があり、小栗は慶喜に「大将が戦場を逃げて戦が勝てる訳が無い」と叱責しました。そして彼は榎本武楊などと主戦を論じました。官軍が箱根を越えたら、まだ関東以北のたくさんの幕府軍が迎え撃ち、後方の静岡かからは当時、官軍より圧倒的に強かった海軍が、後方から挟み撃ちにすれば勝てると小栗は論じました。しかし慶喜は自の保身のみ考えていて、袴に取りすがりながら訴える小栗を罷免してしまいました。 野反湖の手前に建っていた立て札 小栗は罷免される以前に、莫大な費用がかかる造船所を造るより、輸入したほうが安上がりと言う重臣たちの反対を押し切って、浦賀に造船所を造りました。それは周りを海に囲まれた、日本の今後の為に絶対に必要と感じていたからです。 罷免された小栗は故郷の旧倉渕村権田に戻り一市民として過ごしていましたが、官軍は彼を恐れていたのか、無謀にも斬首してしまいました。そんな事を、うすうす感じていた小栗は妊娠中の奥さんと母親を長岡から会津へと逃しました。 道子さんが逃れた地蔵峠のお地蔵さん 道子さんは秋山郷から長岡藩へと落ちて、最後の頼りの会津に無事着き、女子のクニ子さんを産みました。会津が官軍に破れた後はさんざん苦労して東京に逃れました。 時が経ち日本は中国(清)の支配をめぐりロシアと戦争になりました。東郷平八郎率いる日本海軍は、当時世界一と言われていたバルチック艦隊を日本海で迎い打ちこれを見事に破ってしまいました。当時の欧州では黒人や黄色人種は下等な人間と思われていて、奴隷のように扱われていました。東洋の一島国が大国ロシアを破ってしまったことは、欧州の人達には信じられない出来事でした。日本海海戦後、明治政府は小栗が浦賀に造船所を造ってくれた為に勝てたとして、小栗の娘クニ子さんに感謝状を贈っています。勝海舟は江戸を救ったとして有名ですが、彼の好敵手、小栗上野介は日本を救い、東洋人を救いました。 そんな昔のことに思いを馳せながら少し暗くなり掛けた峠を下りました。 樹林ぬけて眩しき尾根は秋始め 人気blogランキングへ |
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| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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インレッドさんこんばんわ、今日はゆっくりパソコンに向かっています |
きのこ 2007/09/23 22:27 |
きのこ さん、早速コメント有難う御座います。 |
インレッド 2007/09/23 22:41 |
インレッドさん、早速返事ありがとうございます |
きのこ 2007/09/23 22:48 |
きのこ さん、そしたら、時々ぷららのホームペジから、ぷららのブログを時々覗いて見てください。ぷららにも大勢の人がブログを出していると思いますし、ブログの作り方もそこに載っていると思います。最初から画像をいっぱい載せたり文章を書いたりしないで、画像1枚に文章をちょっとだけ書いて載せて見て下さい、そのうち解ってきます。 |
インレッド 2007/09/23 22:56 |
インレッドさん、わかりました |
きのこ 2007/09/23 23:08 |
きのこ さん、頑張ってやって見て下さい。 |
インレッド 2007/09/23 23:25 |
秋の便りありがとうございます。日に々、山が色ずいて来るのでしようね。 |
magunoria8739 2007/09/24 09:36 |
magunoria8739さん、お早う御座います。 |
インレッド 2007/09/24 10:18 |
インレッドさん、こんにちわ |
まきまき 2007/09/24 10:32 |
まきまき さん、こんにちは。 |
インレッド 2007/09/24 11:02 |
インレッドさん、詳しく教えて頂き、有難うございます。 |
magunoria8739 2007/09/24 21:08 |
インレッド様、今週もお元気ですね〜! |
テントミータカ 2007/09/25 00:47 |
magunoria8739さん、お早うございます。 |
インレッド 2007/09/25 09:08 |
ミータカさん、コメント有難う御座います。 |
インレッド 2007/09/25 09:22 |
おはようございます。 |
magunoria8739 2007/09/25 09:59 |
magunoria8739さん、今晩は。 |
インレッド 2007/09/25 18:59 |
この週末は、白砂山でしたか。展望も楽しまれたようで、良かったですね。私が、以前5月2日に歩いた時、白砂山から佐武流山へは、4時間40分かかりました。雪の少ない年でしたがそれでも残雪を使えたこと、一方、泊まりの大型ザックを背負っていたことを考えても、今の季節ではそれ以上の時間はかかるのではないですかね。以前は、5月連休には、佐武流山アタックのため、白砂山山頂付近にテントが並んだのですが、現在は秋山郷から登れるため、この区間を歩く登山者も格段に少なくなって、雪消えの早い痩せ尾根の踏み跡もどんどん薄くなっていると思います。 |
さすらい人 2007/09/25 22:22 |
さすらい人さん、今晩は。 |
インレッド 2007/09/25 23:03 |
こんにちは! |
mikko 2007/09/25 23:33 |
mikkoさん、お早う御座います。 |
インレド 2007/09/26 08:57 |
おはようございます。 |
magunoria8739 2007/09/26 09:40 |
おはようございます。 |
本読みと山歩き 2007/09/26 09:56 |
もう 秋色になってますね! |
ぶん 2007/09/26 16:35 |
本読みさん、今晩は。 |
インレッド 2007/09/26 18:37 |
ぶん さん、今晩は。 |
インレッド 2007/09/26 18:48 |
magunoria8739さん、今晩は。 |
インレッド 2007/09/26 19:00 |
インレッドさん、こんばんわ。 |
magunoria8739 2007/09/26 22:44 |
magunoria8739さん、お早う御座います。 |
インレッド 2007/09/27 09:22 |
こんばんは!白砂山山頂での三人衆の一人です。 |
じゅん 2007/09/27 20:45 |
じゅん さん、コメント有難う御座います。 |
インレッド 2007/09/27 20:52 |
遅くにお邪魔します。このところばたばたしており、さっぱりパソコン覗けなくなっていました。 |
甘納豆 2007/09/28 08:58 |
甘納豆 さん、お早う御座います。 |
インレッド 2007/09/28 09:46 |
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